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神戸地方裁判所 昭和54年(ワ)1218号 判決

原告(一二一八号事件)

西田安之

外二名

右一二一八号事件原告訴訟代理人弁護士

羽柴修

深草徹

佐伯雄三

前哲夫

原告(一二六四号事件)

平野賢一

外六名

右一二六四号事件原告訴訟代理人弁護士

丹治初彦

分銅一臣

麻田光広

被告

兵庫県

右代表者知事

坂井時忠

右指定代理人

竹中邦夫

外一〇名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、別表(一)の「請求額」欄記載の各金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言(一二一八号事件原告らは、1項についてのみ)

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  敗訴の場合、担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件各土地の売買と訴外会社らの不法行為

原告らは、別表(一)「売買年月日」欄記載の日に、同表「売主、仲介人」欄記載の富国地所株式会社、富国開発株式会社、富士ホーム株式会社及び神和地所株式会社(以下、いずれも個別するときは、「富国地所」、「富国開発」、「富士ホーム」、「神和地所」といい、一括するときは「訴外会社ら」という。)の販売担当者から別表(二)記載の各説明を受けて、訴外会社らをそれぞれ売主又は仲介人として、別表(一)「物件」欄記載の各土地(以下「本件各土地」という。)を、同表「契約金額」欄記載の金額で買受けたところ(一二六四号事件原告らにおいては、宅地として買受。)、本件各土地は、右説明どおりの条件を具備せず、その価格も別表(一)「評価額」欄記載のとおりであつて、前記契約金額に比して著しく低廉で、訴外会社らはこれを熟知しながら、単独もしくは共謀のうえ、右のような正当な取引の範囲を逸脱した宣伝及び虚偽の説明をして、原告らを誤信させて契約締結に至らしめたもので、右は原告らの財産権に対する違法な侵害行為で不法行為にあたる。

2  被告の責任

(一) 本件各土地の売主又は仲介人である訴外会社らはいずれも富国グループに所属する会社であり、その中心となる富国地所は、昭和四六年三月、岩崎昭二、阪東亮一らによつて、神戸市を本店所在地、代表取締役を岩崎昭二として設立され、兵庫県知事(以下「県知事」という。)から同年八月二四日宅地建物取引業法(昭和五五年法律五六号による改正前のもの、以下「宅建業法」という。)所定の免許(以下「宅建業免許」という。)を付与された宅地建物取引業者(以下「宅建業者」という。)であり、富国開発、富士ホーム、神和地所はいずれも富国グループにおける宅地の販売営業を担当する会社で、そのうち、富国開発は、もともと富国地所が大阪府下で営業するのに必要な宅建業法三条所定の建設大臣の免許の取得手続に時間を要することから、これに代えて同社の役員であつた杉岡明個人名義で大阪府知事の宅建業免許を取得し、富国地所の商号を用いて、昭和四七年二月頃から宅建業を行つていたところ、大阪府から個人が富国地所の名称で営業を行うと両者の関係が紛わしいと指摘され、個人営業を廃止するよう行政指導を受けたため、岩崎、阪東らによつて、これにかえて昭和四八年四月二八日、本店所在地を大阪市、代表取締役阪東亮一として設立され、同年八月一八日、大阪府知事の宅建業免許を取得したもの、富士ホームは、旧商号を株式会社藤和といい、昭和五〇年三月に設立され、昭和五二年八月一九日現商号に変更し、宅建業免許を取得していないが、富国開発の指示を受けて大阪府下の不動産の販売、仲介に関与したもの、神和地所は、昭和五一年三月に設立され、宅建業免許を取得していないが、富国地所の指示により、不動産の分譲、仲介業を営むものである。

(二) ところで、県知事は、宅建業法に基づき、その立法目的である「宅建業者について免許制度を実施し、その事業に対し必要な規制を行うことにより、その業務の適正な運営と宅地及び建物の取引の公正とを確保し、もつて購入者等の利益の保護と宅地及び建物の流通の円滑化を図る」ために、その区域内にのみ事務所を設置して宅建業を営もうとする者に対し、所定の基準に従つて免許を付与したうえこれを更新(三条ないし五条)し、又、免許を付与した宅建業者に対して、所定の事由がある場合には、必要な指示(六五条一項)、業務停止(六五条二項)、免許取消(六六条)などの行政処分や指導(七一条)、立入検査(七二条)をする等の監督権限を有するところ、富国地所に対し、昭和四八年一〇月一六日に宅建業法六九条に基づく聴聞を行ない、昭和四九年八月二四日には同社に付与ずみの宅建業免許を更新し、昭和五二年八月一五日には右免許取消処分をなした。

(三) しかしながら、県知事は、富国グループの中心であり、その営業活動に決定的影響力を有する富国地所に対して、以下のとおり右監督権限を行使すべき義務を負うのに、故意又は過失によりこれを怠り、同社をして漫然と営業を継続させたため、同社を中心とした訴外会社らが前記不法行為を行うにいたり、原告らに損害を被らせたから、被告は、県知事の右監督権限不行使のために生じた後記損害につき賠償責任を負う。

(1) 昭和四七年夏の苦情申出直後における義務違反

県知事は、富国地所に対し、前記宅建業免許付与後約半年余りで同社の開発、分譲する東条湖ハイランド第一期(兵庫県加東郡東条町所在、約一万平方メートル)を含む分譲地に関する広告の件で立入検査をしたのであるが、さらに、昭和四七年夏頃には、右東条湖ハイランドの土地購入者の一人から、「完全造成の価格で販売しながら、一向に造成しない。」との苦情申出がなされた。

そこで、県知事は、免許付与直後、宅建業者の富国地所が大規模な土地分譲を開始して間もなく同社に対する苦情申出がなされたのであるから、同社と他の多数の購入者との間にも同様の紛争が生じていることは容易に推測しえたから、右苦情申出を受けた時点で直ちに富国地所に対する立入検査、聴聞を実施してその業務内容を把握し、適切な行政指導や必要な指示のみならず、業務停止、免許取消の行政処分をすべき義務があつた。にもかかわらず、県知事あるいは宅建業法上の県知事の権限に属する事務を分掌する兵庫県建築部建築振興課宅建業係(以下「県宅建業係」という。)の当時の係長高畑俊明(以下「高畑係長」という。昭和四六年四月一日から昭和五〇年三月三一日まで在職)は、富国地所に対する聴聞の呼出通知を昭和四八年九月二六日まで遅らせたうえ、単に苦情申出のあつた件につき、同社の代表取締役である岩崎に対し口頭で指導するにとどまり、前記の行政処分をなすべき義務を怠つた。

(2) 昭和四八年の聴聞直後における義務違反

県知事は、富国地所を含む訴外会社らから土地を購入した四名より、次のとおり苦情申出を受けた。すなわち昭和四七年七月二三日頃、家永光清から、「開発許可の申請すらしていないのに、登記簿上の所有者が富国地所であるとし、さらに飲料水や電気等の整備予定も昭和四九年三月末日であるとして契約をしたが、整備の可能性はない。」と、同月ころ、手島昇から、山崎幸子の購入物件に関し、「物件説明書に登記簿上の権利関係等重要事項を記載せず、所有名義を偽つて売却し、前金保全の措置をしていない。」と、同年九月一一日、見並厚から「物件説明書の記載が極めて粗雑であり、前金保全も受領代金の一部についてしか講ぜられていない。」と、富田幸一から「所有名義を偽つて売却し、前金保全の措置をしていない。」との各苦情申出を受けた。

また、大阪府知事も、富国地所が、宅建業法所定の建設大臣の免許を受けていないのに、本店大阪、支店神戸という広告表示をしたこと、販売物件の所有名義が同社でないのに、物件説明書に不実の記載をしたり、重要事項に関し不実のことを告げたこと、前金保全の措置を講じていないことを理由として、昭和四八年九月二一日、高畑係長立会のもとに同社に対する宅建業法六九条所定の聴聞を実施したが、右聴聞において同社は右事実をいずれも認めていた。

そこで、県知事は、富国地所が宅建業法三条、三二条、三五条、四一条、四四条、四七条に違反し、同法六五条二号に該当するとして昭和四八年一〇月一六日に同社に対する聴聞を実施することに決定したが、その後さらに右聴聞期日までの間に、浦川一夫から、重要事項の不告知、業務に関する禁止事項違反の苦情申出を受けたうえ、右聴聞の結果、富国地所が、富田に対して前金保全の措置を全くしていないこと、建設大臣免許を取得していないのに、二府県にまたがり、本店、支店を有する旨表示したこと、三田ハイランドにつき、登記名義を偽つて不実のことを告知したこと、同社の宅地建物取引主任者でもある岩崎は、自ら客に対し取引に関する重要事項の説明をせず、従業員が適当に同人の記名捺印をして物件説明書を交付していたこと、一部の物件説明書に重要事項を記載していないこと、飲料水、排水施設等の整備予定に関して不実のことを告げていたことを聴取した。

右のとおり、再三にわたる苦情申出及び大阪府と被告が行つた各聴聞の結果から、富国地所の宅建業法違反事実が判明し、その背後に膨大な同法違反の取引とそれによる多数の被害者の存在が十分に予測できたのであるから、県知事は、新たな被害の発生を防止するためにも、前記の聴聞後直ちに同社に対し業務停止又は免許取消のいずれかの処分をなすべき義務があり、仮にそうでなくても、苦情申出の対象でいわゆる青田売りがなされている三田ハイランドに関する富国地所の販売業務を一部停止させるか、少なくとも、誇大広告の制限や前金保全がなされるように徹底した行政指導をなすべき義務があつた。しかるに、県知事はこれを怠り、富国地所に対し業務停止処分が相当として聴聞を行なつたのに、聴聞後同社の代表取締役である岩崎らから高畑係長が請託を受けて、宅建業法所定の行政処分はもちろん行政指導も一切なさず、苦情申立のなかつた取引に関する調査も全く行わないまま、単に苦情申出をした購入者との間の話し合いによる苦情解決という場当り的な指導をしたにとどまり、さらに昭和四九年一月下旬には岩崎らに対して行政処分をしないことを確約し、その後高畑係長はこれにより同人らから賄賂さえ収受した。

(3) 免許更新時における義務違反

県知事は聴聞後においても、昭和四八年一一月五日西田邦嘉から、翌四九年二月二五日大原起夫から、同年四月一六日松本二三江から、同年一〇月二八日住田幸子から、それぞれ富国地所との取引に関する苦情申出を受け、特に松本の苦情内容は宅建業法四七条三号(手付につき信用供与することにより契約を誘引する行為の禁止)に該当するものであつた。

右のとおり聴聞後もさらに苦情申出が続出したのであるから、新たな被害の発生を防止するために、県知事は、その後になされた富国地所の宅建業免許更新の申請に対し、同社が「宅建業に関し不正又は不誠実な行為をするおそれが明らかな者」(宅建業法五条一項五号)に該当するとして、更新を拒絶すべきところ、これを怠つて、富国地所の宅建業免許を更新した。

3  損害

(一) 原告らは、別表(一)「評価額」欄記載の価値しかない本件各土地につき、同表「合計支払額」欄記載のきわめて不釣合で過大な金額を支払い、同表「損害額」欄記載の損害を被つた。

(二) 一二六四号事件原告らは、本件訴訟の提起、追行を同原告ら訴訟代理人に委任し、その報酬として同表「弁護士費用」欄記載の金額の支払を約した。

4  よつて、原告らは、被告に対して、別表(一)「請求額」欄記載の各金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、一二六四号事件原告らが本件各土地を宅地とし購入したことは否認し、その余は不知。右原告らが本件各土地を購入した目的は投資ないし投機の目的であつた。

2  同2(一)の事実のうち、訴外会社らの設立及び宅建業免許の関係は認めるが(但し、富士ホームが無免許であることは否認する。同社は昭和五〇年九月二三日付で大阪府知事から免許を受けている。)富国地所が富国グループの中心であつたことは争う。

同2(二)の事実は認める。

同2(三)の冒頭の主張は争う。

同2(三)(1)の事実のうち、原告主張の苦情申出があつたこと、県知事の宅建業法上の権限についての事務を分掌するのが県宅建業係であり、当時高畑俊明が係長の地位にあつたこと、高畑係長が右苦情申出の件について富国地所の代表者岩崎に対し口頭で指導したことは認めるが、その余は争う。

同2(三)(2)の事実のうち、原告主張の各苦情申出があつたこと、大阪府知事及び県知事が富国地所に対して聴聞を行つたこと、県知事が聴聞後直ちに富国地所に対し宅建業法の行政処分をしていないこと、高畑係長が岩崎らに右苦情申出のあつた購入者との紛争解決を指導したこと、岩崎らに行政処分を行わない旨告げたことは認めるが、その余は否認する。

同2(三)(3)の事実のうち、聴聞後に原告ら主張の苦情申出があつたこと、高畑係長が右苦情申出のあつた購入者と富国地所との紛争解決を指導したこと、県知事が富国地所に対する宅建業免許を更新したことは認めるが、その余は争う。

3  同3の事実は、否認ないし争う。

三  被告の反論

1  作為義務の不存在(反射的利益論)

およそ、公務員の不作為を違法として国家賠償責任を問うためには、当該公務員に作為義務が存在しなければならず、かつ、その作為義務は、単に職務上の義務では足りず、被害者に対し直接、具体的に負担する法的義務であることを要するところ、県知事が宅建業法により付与されている監督権限を適切に行使すべき義務は、宅地建物取引の目的達成のために一般国民に対して負う抽象的な行政上の義務にすぎず、具体的な法律上の義務ではなく、かつ、県知事が右権限を行使することによつて享受しうる国民各自の利益も反射的利益にすぎないから県知事に対し、宅建業法所定の権限不行使を理由に国家賠償責任を問うことはできない。

2  県知事の宅建業法上の権限行使の適法性

県知事が、宅建業法に基づく監督権限を行使するか否か又は行使する場合の方法については、その合理的判断による裁量に委ねられており、宅建業法違反事実が存在する場合でも右権限行使にあたつては、同法により保護されるべき一般的利益と権限行使によつて不利益を受くべき宅建業者の法益との比較衡量はもちろん、違反事実の是正措置やその努力の状況、事実の軽重、悪質性、社会的影響等を総合的に考慮して権限行使の時期や行使方法を決定すべきであるところ、以下のとおり県知事の富国地所に対する宅建業法所定の監督権限の行使は適法であつて、原告ら主張の作為義務違反はなかつたというべきである。

(一) 県知事は、昭和四七年夏の苦情申出については、富国地所に対し売買契約の合意解除と支払代金の返還により右苦情を円満に解決させるとともに、販売方法等についての行政指導も併せ行い、その後分譲土地あるいは富国地所に関する苦情申出はなかつた。

(二) 県知事は、昭和四八年七月から九月にかけてなされた富国地所に対する購入者からの苦情申出を受けて聴聞を実施することになつたが、家永光清の件は、富国地所に対する事情聴取と指導の結果、同年八月三〇日に売買契約の合意解除と支払代金の返還により、富田幸一の件は、当事者間で売買対象物件を変更することにより右聴聞前にいずれも解決され、見並厚の件は、聴聞後の同年一一月五日に売買契約の合意解除と支払代金の返還により、手島昇の件は、被害者である山崎幸子から直接事情聴取のうえ売主である富国地所に前金保全措置をとるよう指導して解決された。

また、聴聞の理由とされた宅建業法三条一項、三二条、三五条、四一条、四四条、四七条の各違反事実については、聴聞の結果判明した以下の内容、当時県知事が行つていた宅建業法所定の監督権限の一般的行使状況などからみて、いずれも行政指導により是正可能な事項であつて、県知事はその旨指導し、富国地所の代表者である岩崎も、聴聞の席上、以後違反しない旨誓約していた。

(1) 法三条一項(免許)違反について

富国地所の営業活動の中心は大阪市内にあり、登記簿上の本店所在地である神戸市内ではほとんど営業活動をしていないことが聴聞により判明したが、大阪府下でのみ営業を継続するのであれば、大阪府知事の免許に免許換えすればよく、その場合は、許可権者である大阪府知事の聴聞、指示処分で十分改善されると判断され、その旨指導した。

(2) 法三二条(誇大広告禁止)違反について

富国地所の広告物には本社大阪、支店神戸の表示が用いられていたが、右表示についてはこれを変更するように指導した。

(3) 法三五条(重要事項の説明)違反について

重要事項の説明及び購入者への交付書面の記名捺印はいずれも取引主任者ではなく従業員がしたことが判明したが、専任の取引主任者は設置されており、富国地所からも聴聞以前に既に改善報告があり、今後は取引主任者をして説明させるよう是正の指導をした。

(4) 法四一条(前金保全)違反について

苦情申出をした購入者のうち、家永光清、浦川一夫については全額、見並厚については一部の前金保全の措置がとられていたものの、山崎幸子については右措置の有無が不明で、富田幸一については右措置がとられていないことが判明したが、見並厚については契約の合意解除がなされ、富田幸一についても売買対象物件の変更により右措置が不要となり、山崎幸子については是正の指導をし、富国地所も直ちに前金保全の措置を講じた。

(5) 法四四条(不当な履行遅延の禁止)、四七条(業務に関する禁止事項)違反について

聴聞の実施後速やかに物件の移転登記がなされて是正努力も大いにみられ、簡易水道の件も社保健所の見解を求めており、三田ハイランド第三期造成工事も、今田町役場に開発指導要綱による事前協議を申請していた。そして、県知事は、水質検査及び簡易水道整備の至急実施を指導した。

さらに聴聞当時、すでに富国地所が多数者に分譲地販売をしていることから、同社に対し直ちに業務停止又は免許取消処分をした場合、同社と既存の購入者との間に混乱が生じ、ひいては同社を倒産に至らせ、かえつて多くの購入者に被害を与える結果となることが強く懸念された。

3  訴外会社らの富国地所を除く三社から土地購入の原告らに関し、右の三社に対する作為義務の不存在

宅建業法上の行政処分は、監督行政庁である建設大臣、都道府県知事が各宅建業者に対して行う個別処分であるから、法人格の異なる会社が数社ある場合に、仮に営業、経理面で事実上一体であつても、その中心となる一法人に対する行政処分の法的効力は、他の法人に及ばないばかりか、富国グループの広告の内容、事務所所在地、営業活動状況等からみると、むしろ富国開発がグループの中心というべきであるから、県知事が富国地所を行政処分に付したとしても、同社を除く他の三社に対し、法的効力はもちろん事実上の影響力も及ぼしえない。しかも、もともと県知事の富国地所に対する聴聞時である昭和四八年一〇月一六日においては、富士ホーム(昭和五〇年三月設立)、神和地所(昭和五〇年九月設立)の両社はまだ設立されていなかつたのであるから、両社に対して宅建業法上の権限を行使することは不可能である。

さらに、原告田中、同古川の取引については、その売主又は仲介者に対する免許権者は大阪府知事であり、同原告らの購入した物件の所在地は三重県あるいは北海道であるから、宅建業法六五条所定の監督権限者は、大阪府、三重県、北海道の各知事であり、県知事ではないうえ、宅建業法上、無免許の宅建業者は、監督行政庁の指導監督下にはなく、犯罪行為としての取締が予定されているから、県知事には、無免許業者である神和地所に対する監督権限はなかつた。

4  原告らの過失

原告らは、本件各土地の購入に際して、現地確認、不動産登記簿の調査、立地条件(所在位置、地目、形状、周辺状況、公共施設の整備、交通事情等)の調査をすべきであつて、その調査確認さえすれば、富国グループ従業員からの説明があつても、購入予定地の将来の見込みを容易に判断することができたのに、右調査確認を怠つたのであるから、たとえ購入により損害を被つたとしても、それは原告らの一方的過失によるものである。

5  損害の不発生

原告らの購入した本件各土地は、いずれも、地目山林であり、山林、山荘又は栗園として分譲され、宅地として分譲されたものではないから、原告らが宅地として使用できないことに起因する損害を被つているとはいい難いうえ、本件のような投機目的の不動産取引において、損害の有無は、現在の客観的価格と取得価格の比較ではなく、取引時における客観的価格と取得価格とを比較して、その差額が一般取引通念上許容された範囲を逸脱しているか否かによつて判断すべきところ、原告らの実際支出した取得価格(別表(一)「合計支払額」欄参照)は、取引時における周辺の土地の取引価格と比較しても相当な価格であり、少なくとも一般取引通念上許容された範囲にとどまるものであり、したがつて原告らに損害はないというべきである。しかも原告らが本件各土地を購入したと主張する昭和四八年から昭和五一年にかけては、わが国はいわゆる土地ブームの最盛期にあり、原告らも、地価の騰貴を見込んで、本件各土地を購入し、その社会経済情勢の大幅な変動により地価が鎮静化し、さらに土地の保守管理の不備からもとの山林と同様な状態になつたために、地価が予想通りの値上りをせずにかえつて下落したのであつて、原告らは単に見込み違いをしたにすぎず、本件各土地の購入により損害を被つたとはいい難い。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告らの本件各土地購入と訴外会社らの不法行為

〈証拠〉によれば、原告らは、その主張のころ、訴外会社らをそれぞれ売主又は仲介人として、本件各土地をその主張の代金額で購入する売買契約を締結したこと、原告らは、右売買契約に当り、訴外会社らの販売担当者から原告ら主張の趣旨の説明を受け、その説明を信じて売買契約を締結したのであるが、原告らが本件各土地を購入した主たる目的は、原告西田、同倉本、同平野、同川戸、同黒田、同畑、同三木、同宮本らにおいては、宅地として使用することにあり、その余の原告らにおいては、投資あるいは投機を意図してのものであつたこと、ところが本件各土地は右説明どおりの条件を殆ど具備しない代物であつて、訴外会社らはその事情を知つていながら、販売担当者において会社役員の指示に従い、原告らに対しあえて虚偽の説明をなし、きわめて不公正な取引方法を用い、原告らを誤信させて本件各土地の売買契約にいたらしめたのであり、原告らは本件各土地の購入目的を果しえなかつたことが認められ、右認定を覆えす証拠はない。

右認定の事実によれば、訴外会社らの原告らに対する本件各土地の売買は、原告らの財産権を侵害する不法行為にあたるといわざるをえない。

二被告の損害賠償責任

原告らは、県知事が訴外会社らの中心である富国地所に対し宅建業法上付与された監督権限を行使すべき義務があるのにこれを怠つたために、訴外会社らは原告らに対して前記の不法行為ができたのであるから、県知事の監督権限の不行使は違法であると主張するところ、以下その当否を判断する。

1  宅建業法は、「宅地建物取引業を営む者について免許制度を実施し、その事業に対し必要な規制を行うことにより、その業務の適正な運営と宅地及び建物の取引の公正とを確保するとともに、宅地建物取引業の健全な発達を促進し、もつて、購入者等の利益の保護と宅地及び建物の流通の円滑化を図ることを目的」(一条)として制定され、宅建業者の事務所設置場所が二以上の都道府県にわたるか一の都道府県内かにより、免許権者を建設大臣、あるいは都道府県知事に区分したうえ、宅建業を営もうとする者の免許申請に対し所定の基準に従つて免許を付与し、三年毎に右免許を更新させ(三条ないし五条)、その免許を付与した宅建業者に対し、所定事由がある場合には必要な指示、業務停止(六五条一、二項)及び免許取消(六六条)の行政処分をはじめ、必要な指導、助言、勧告(七一条)をし、あるいは業務の報告を求めたり職員による立入検査(七二条一項)をする監督権限を付与し、右行政処分をしようとする場合は、宅建業者に対して釈明及び証拠提出の機会を与えるために公開による聴聞(六九条)を行ない、業務停止又は免許取消処分をしたときは、その旨の公告(七〇条)を行うことを監督行政庁に義務づけている。そこで、県知事は、宅建業法一条所定の目的を達成するために、その付与された監督権限を適正に行使すべき義務を負つていることは明らかであるが、右監督権限の行使は、法規の規定等からみて県知事の専門的判断に基づく裁量に委ねられており、かつその行使の義務は、原則として行政目的達成のために一般国民に対して負う抽象的な行政上の義務であつて、具体的な法律上の義務ではないというべきであるから、監督権限の不行使については原則として違法の問題は生じない。

しかしながら、県知事がその監督権限を行使しないことが著しく合理性を欠いていると認められる場合には、個々の国民との関係においても右監督権限を行使すべき法律上の義務を負い、その不行使は取引関係者個人との関係でも違法となり、その結果生じた損害を被告において賠償すべき責任があるものと解するのが相当である。そして、右監督権限の不行使が著しく合理性を欠く場合とは、例えば(一)宅建業者の違反行為により取引関係者に対する損害が発生する危険が切迫しており、かつそのことが県知事において予見可能であること、(二)県知事が監督権限を行使することが容易であり、かつ、行使により取引関係者の損害発生を防止できる状況にあること、(三)具体的事情下で、業務停止、免許取消等の必要とされる監督権限の行使方法が適切かつ有効であること、(四)他に取引関係者の損害発生を防止する手段が容易に見出し難く、取引関係者としても監督行政庁たる県知事の権限行使を期待することが制度の趣旨に照らして相当であることの各要件が存在する場合にはこれに該当するものというべきである。

2  被告は、県知事の監督権限行使により国民各自の享受する利益はいわゆる反射的利益にすぎないから、右権限不行使を違法として国家賠償責任を負ういわれはないと主張するが、宅建業法は、前記のとおり「購入者等の利益の保護」を究極の目的として制定され、右は一般抽象的な公益ではなく、取引関係者の個別利益の集積とみるべきであるうえ、本件は、現に原告らがその固有の法益たる財産を侵害されたとしてその損害賠償を求めており、将来生じうべき損害を未然に防止する性質上訴えの利益が必要とされ、反射的利益論が援用される抗告訴訟とは次元を異にするから、被告の右主張は採用できない。

3  そこで、本件において県知事に原告ら主張の監督権限行使の義務違反があつたか否かを順次検討する。

(一)  昭和四七年夏の苦情申出直後における義務違反について。

(1) 訴外会社ら四社の設立、免許関係が富士ホームの免許の有無を除いて原告ら主張のとおりであること(請求原因2(一)参照)、富国地所に対する聴聞、免許更新、免許取消処分が原告ら主張のとおりなされていること(請求原因2(二)参照)、県知事の宅建業法上の権限についての事務を分掌するのが県宅建業係であり、高畑俊明が昭和四六年四月一日から昭和五〇年三月三一日までの間県宅建業係係長であつたこと、昭和四七年夏頃原告ら主張の苦情申出があり、その件について同係長が富国地所の代表者岩崎に対し口頭で指導したこと(請求原因2(三)(1)参照)は当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められ、〈反証排斥略〉。

(ア) 富国地所は、昭和四六年六月に、岩崎(同年八月頃から同社代表取締役)、阪東らによつて設立され、同年八月二四日、宅地建物取引主任者を岩崎として、県知事から宅建業免許(兵庫県知事①四三五五号)を取得し、同年九月兵庫県加東郡社町鴨川所在の東条湖ハイランド(一期から五期まで約一三万平方メートル)を皮切りに、兵庫県内の分譲地を販売し始めた。

(イ) 昭和四七年夏頃、右東条湖ハイランドの土地購入者から、「分譲土地が未造成であるのに、完全造成の価格でいわゆる青田売りをしながら一向に完成せず、強引に手付金を取つて、解約を申し入れても返金してくれない。」という苦情申出があつた。そこで、県知事の宅建業法上の監督権限の事務を分掌する県宅建業係の高畑係長(昭和四六年四月から昭和五〇年三月まで在職)は、直ちに富国地所の代表者である岩崎を呼出して、叱責し、右購入者の苦情を解決すべき旨指導したところ、その後、右物件についての苦情申出はなくなつた。

(ウ) また、県宅建業係の当時の実情としても、苦情申出があつた場合、当該宅建業者に苦情の内容を確かめ、事案により解約、返金又は和解による支払等を勧め購入者との紛争を解決するよう個別指導し、今後二度と問題を起こさないよう注意するにとどめ、当該宅建業者の業務内容を独自に調査したり、これに対し行政処分に付することまではしない例が多く、右苦情申出の場合にも、高畑係長は右指導以上に格別の行政処分に付する必要性を認めなかつたところから、宅建業者に対して行政処分を発することはなかつた。

(エ) その後、昭和四八年七月家永光清から苦情申出がなされるまで、富国地所からの土地購入者より県宅建業係に対して苦情申出はなかつた。

(2) 右認定事実によれば、昭和四七年の苦情申出に関して、県知事は高畑係長を通じて、宅建業法所定の監督権限を行使して行政指導により右苦情申出を解決したものであつて他に格別の苦情申出もなかつたものであるから、右権限行使の方法の選択はその裁量の範囲内にあるというべく、行政処分を含めた他の監督権限を行使すべきとする原告らの主張は採用しがたい。

(二)  昭和四八年の聴聞直後における義務違反について。

原告らは、一連の苦情申出及び聴聞によつて、多数の者が違反行為による販売によつて損害を被ることを推測しうるから、新たな購入者の損害発生を防止するために、県知事は富国地所を業務停止もしくは免許取消に付する義務があつた、少なくとも、苦情申出のあつた分譲地につき、新たな販売業務を停止し、広告を制限し、前金保全を徹底させる等の行政指導を行うべき義務があつたと主張する。

(1) 家永らから原告主張の各苦情申出がなされたこと、大阪府知事、県知事による聴聞が行われたこと及びその内容、県知事が聴聞後直ちに富国地所に対して行政処分をしていないことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められ、これに反する証人高畑の供述は、右各証拠と対比して措信しがたく、他にこれを覆すに足る証拠はない。

(ア) 昭和四八年七月から同年九月にかけて、富国地所について、以下のような四件の苦情申出が県宅建業係になされた。

(a) 昭和四八年七月二三日、東条湖ハイランドの購入者家永光清から、「関係官庁の許可並びに道路、電気、水道及び排水設備すべて完備ということで契約をしたが、開発許可もなく、工事未了である。解約を申し入れても、工事ができるから返金は待てと言われた。」

(b) 同年七月ころ、手島昇から第三期三田ハイランドの山崎幸子の購入物件に関し、「造成工事をしないで手付金や中間金を取りながら、前金保全の措置もとられていない。登記簿上他人名義であるのに、物件説明書にその旨記載せず、名義を偽つて売却した。道路、電気、水道及び浄化槽等完備という説明があつたが、同じ説明をしている付近分譲地においても全く未造成である。」

(c) 同年九月一一日、同分譲地の購入者見並厚から、「物件説明書の記載が極めて粗雑であり、登記簿上他人名義であるのに、物件説明書では富国地所名義と記載され、前金保全も受領代金の一部にしかされていない。」

(d) 同日、同分譲地の購入者富田幸一から、「所有名義を偽つて売却し、前金保全の措置をとっていない。」

(イ) 右家永の苦情申出直後、高畑係長は、昭和四八年七月二八日頃、岩崎に対し、物件説明書に重要事項の説明を怠つていたことを指摘し、東条湖ハイランドに関する報告を求めた。それに対して、岩崎は、同年八月二日頃、右分譲地について、電気、簡易水道の工事は同年九月末に完了予定であること、社保健所の水質検査によれば浄化装置を取り付ければ上水道として使用可能であるので右取付後再度水質検査を依頼する予定であること、家永の解約の希望には従う、との報告をした。また、高畑係長は、手島の苦情申出後、山崎から事情を聴取して、前金保全措置を請求するよう勧め、富国地所に対しても右措置を講ずるよう指導した。このように、高畑係長は、苦情申出のある度に、岩崎らを呼び出して問題の解決に当るよう指導してきた。

(ウ) 一方、大阪府の方にも富国地所の土地分譲に関して購入者から苦情申出がなされたことから、大阪府知事は、昭和四八年九月二一日、大阪府宅建業指導係の茨木係長により、高畑係長立会の下に(大阪府側から富国地所の免許官庁である県知事に対し兵庫県職員の立会を求めてきた。)、同社に対する聴聞を行つたところ、同社は以下(a)ないし(c)の事実を認めた。

(a) 建設大臣免許がないのに、本社大阪、支店神戸という表示をした。

(b) 前金保全措置を講じていない販売があつた。

(c) 三田ハイランドに関して、所有名義が富国地所でないのに、物件説明書に不実の記載をし、重要事項につき不実のことを告げた。

茨木係長は、右聴聞の結果、富国地所は業務内容は杜撰であつても、悪質な業者ではないとの印象をえたことから、ただちに行政処分に付する手続を見合わせ、同社に対して建設大臣免許の取得を講ずることといつた指導をなし、一方高畑係長に対して、同社に対する行政処分については相互に連絡し合うことにしようと伝えた。

(エ) 高畑係長は、分譲地購入からの苦情申出、岩崎からの報告、大阪府知事の行つた聴聞により判明した事項が、宅建業法三条一項、三二条、三五条、四一条、四四条、四七条に該当すると思われたことから、当初は、富国地所に対し同法六五条二項二号により一か月程度の業務停止処分をすることが相当ではないかと考え、右処分の前提として富国地所の役員を聴聞にかけるべく、専決権者である建築部長の決済をえて、同年九月二六日に富国地所の代表者岩崎に対して聴聞の期日、場所の通知をした。

右通知後、聴聞の期日までにも、さらに、東条湖ハイランドの購入者浦川一夫から、重要事項の不告知、業務に関する禁止事項違反の苦情申出がなされた。

(オ) 県知事は、昭和四八年一〇月一六日、大阪府職員立会のもとに、岩崎に対して、聴聞を実施し、以下の事実ないし弁明を聴取した。

(a) 建設大臣免許を取得していないのに、二府県にまたがり、本社、支店と表示してきたこと

(b) 重要事項の説明及び物件説明書の記名捺印は、宅地建物取引主任者である岩崎においてなすべきであるのに、資格のない他の従業員がしていたこと

(c) 前金保全措置は、見並には一部のみ、富田には全く講じていなかつたこと

(d) 引渡に関して、東条湖ハイランドについては、水道、電気工事以外の工事は完了して引渡済みであり、三田ハイランド一、二期については、昭和四八年一一月中に完全な物件にととのえて引渡す予定であるけれども、購入者に対し、電気水道の整備に関しては、整備が不十分であるのに、完備しているとの不実の事項を口頭で説明したり、物件説明書にもその旨の記載をしてしまつているものの、しかし水道に関して、東条湖ハイランド、三田ハイランド一、二期については、浅井戸は掘削しているものの、水質検査はしておらず、水量も不明であるが、排水路は整備しており、水利権には何ら問題がないよう措置してあり、三田ハイランド三期については計画中であると弁明したこと

(e) 苦情申出をした購入者との事後の対応に関して、富田については、売買対象物件を東条湖ハイランドの分譲地に替えて解決済みであり、家永については合意解約と支払代金の返還により解決しており、見並については解約の申出があつて検討中であり、浦川については話合の予定であつたこと

また、岩崎が聴聞の際に提出した三田ハイランド三期に関する報告書と(ア)の苦情申出を合わせて調べてみるに、以下の事実が明らかとなつた。

(a) 富国地所は、宅地造成工事完了前に、その工事に関する法令上必要な許可を未だ受けていないのに、宅地造成のできた分譲地の売買契約を締結していたのであるが(宅建業法三六条違反になる。)、しかし富国地所としては、昭和四八年八月二三日に兵庫県三田土木事務所に、事前協議申込書を提出済みであり、右土木事務所から今田町への決議事項発送をまつて、宅地造成工事について、宅地造成等規制法上の許可、良好な地域環境を確保するための地域社会指導要綱(以下「指導要綱」という。)上の承認を申請する予定であり、同年九月末ころに購入者に対する説明会を開いていると弁明したこと、

(b) また富国地所は、分譲土地に関し、もとの所有者から未だ所有権移転登記を受けていないのに、物件説明書にその旨の記載をしていないばかりか、同社が土地所有者である旨の不実の記載をしていたのであるが、この点については同年一〇月二五日頃には名義人から富国地所に所有権移転登記を受けられる見通しがついたので、その頃から購入者に分譲土地の所有権移転登記を開始する予定であると弁明したこと、

そして、岩崎は、聴聞の際に、高畑係長に対し、購入者には絶対に迷惑をかけないし、工事も速やかに完了し、今後宅建業法等法令に違反することはしない旨誓約し、苦情申出者との紛争解決、違反事項是正のために猶予期間を請い、寛大な処分を願つた。

(カ) 高畑係長は、聴聞のあと、岩崎に対して、以下の通り指導した。

(a) 各苦情申出者との紛争は、購入者が納得できるように解決すること

(b) 免許取得については、大阪府と兵庫県の各区域内に事務所を設けて営業を行うならば建設大臣の免許を取得すること、もし県知事の免許のままなら兵庫県下に限つて営業すること

(c) 重要事項については、取引主任者から説明すること

(d) 造成工事を早急に完成すること

(e) 井戸の水量、水質につき明らかでないので、保健所から検査、指示を受けること

(キ) 高畑係長は、岩崎に、紛争解決及び違反事項是正の態度が十分に見受けられたことから、聴聞に立会つた県宅建業係の中村道只主査とも相談のうえ、大阪府知事の行政処分をも含めて、しばらく様子をみることにしたところ、富国地所は、同年一〇月二二日に見並と、翌二三日に浦川と、いずれも合意解約のうえ支払代金を返金することで紛争の結着をつけた。

右のように、富国地所は指導に従つて直ちに苦情申出者との紛争を解決したので、県宅建業係の実際上の基準によれば、業務停止は、指示処分が二、三回と繰り返される場合や、誠意をもつて違反是正、紛争解決をしないような悪質な宅建業者に限つてすることになつていたことから、高畑係長は、当初考えていた業務停止処分よりも一段軽い指示処分に付する心積りとなり、昭和四八年一一月二日の大阪府側からの照会に対しても、県知事は指示処分に付する予定である旨回答した。

そして、大阪府知事は、同年一二月一一日付で、富国地所を指示処分に付した。

高畑係長は、この頃にも、岩崎らに対して、違反行為を繰り返さないようにと注意していた。

(ク) その後、富国地所は、三田ハイランド三期に関して、兵庫県三田土木事務所に、昭和四八年一二月一〇日、指導要綱上の開発行為の承認を、翌四九年一月一〇日、宅地造成等規制法上の宅地造成工事の許可をそれぞれ申請し、また、順次購入者へ分譲地の所有権移転登記を履行していつた。

(ケ) 右のような状況に鑑みて、高畑係長は、以下(a)ないし(f)の理由から、富国地所を、結局いずれの行政処分に付さないことにし、昭和四九年一月下旬ころ、岩崎に対してその旨伝達するとともに、以後違反行為をしないよう重ねて注意した。

(a) 高畑係長在職当時の昭和四六年から昭和五〇年にかけて、わが国全体がいわゆる土地ブームの最中にあり、住居建築の目的でなく、単に投資目的で土地を購入する者も多く、県宅建業係ないし建築部では、基本方針として、宅建業者とこれら投資目的の購入者との紛争につき、公の機関である県宅建業係が、購入者側に加担して、投資の援助をしたり、進んで紛争の事後処理をしたりすることは差し控えるべきであると考えられていた。そこで、住居建築目的の購入者の場合には、直ちに聴聞を行つて厳しい行政処分をもつて臨み、救済をはかるべく強力に指導するが、投資目的の購入者の場合には、宅建業者に和解を勧め、それで金銭的な解決がつけばそれ以上行政処分にまで進まないのが原則であつたし、県宅建業係の処理の実態として、行政処分を予定して聴聞を行つた場合でも、違反が軽微、是正解決が可能なときには、行政処分をせずに終ることがあつたこと、

(b) 少なくとも苦情申出した購入者との紛争は、すべて解決していること(聴聞後、昭和四八年一〇月一八日に長岡敏明から、同年一一月五日に西田邦嘉から苦情申出があつたが、いずれも相応の措置がとられ解決ができた。)、

(c) 指示処分と行政指導とは、前者が業務停止を背後に控えて心理的な強制力を有する点に差異があるとはいえ、指示処分に匹敵する行政指導を既に行つていること、

(d) 聴聞から日時も経過して、さらに大阪府知事が、高畑係長が立会をした聴聞をもとにして、すでに同社を指示処分に付していること、

(e) 岩崎は、高畑係長の指導に従つて、直ちに購入者との紛争を解決し、購入者への移転登記も済まし、造成工事については、多少遅れ気味ではあつたものの、土木事務所の指導に従い進行していた等、解決、是正につき誠意が見られたこと、

(f) もしも、業務停止、免許取消のような重い処分に付した場合に、同社が倒産して、結局のところ、既存の購入者の救済を図ることが不能となることが強く懸念され、また、当時不動産業者「誠」の倒産とそれに伴う購入者の被害が、大きな社会問題となつていたこと

(2) 以上認定の事実をもとに、聴聞直後において県知事が富国地所に対して業務停止もしくは免許取消の行政処分をなすべき義務があつたか否かにつき検討する。

(ア) 危険の切迫性とその予見可能性

原告らのうち、原告佐野、同倉本、同黒田を除くその余の原告らは、いずれも県知事の富国地所に対する聴聞以後に分譲地を購入しているものであるところ、県宅建業係に分譲地購入者から苦情申出が続いた状況からして、聴聞の前後の時期を通じ、なおも同一分譲地の購入をめぐり、富国地所を含む訴外会社が同様の違反行為を伴う販売を行つているのではないかといつた事態を県知事において予見しえたかどうかをみるに、前記認定事実によれば、富国地所は、ともかく県知事の行政指導に従つて、苦情を申し出た購入者との紛争を解決し、購入者への所有権移転登記、関係官庁の許可、諸供給設備の整備等に向けて努力していたことが窺えるのであるから、同社が聴聞以後にも、苦情申出の内容と同様の違反行為を繰り返すことについて、聴聞を行つた時期に県知事において予見することは困難であつたというべきであり、したがつて訴外会社が違法不当な手段を用いて原告らに分譲地を購入させることまでを予見することができたということはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

(イ) さらに、富国地所に対して業務停止もしくは免許取消の行政処分に付することが当時にあつて適切有効な方法であつたか否かをみるに、前記認定の事実によれば、高畑係長は、県知事が行つた聴聞以前から、苦情申出のあつた場合、岩崎に対し、違反事項を指摘して注意し、購入者との紛争の解決を指示し、右聴聞までに解決した事例もあり、さらに聴聞後においても、同人に対し違反事項の是正を指示し、造成工事等の速やかな履行を督促し、未解決の苦情申出者との紛争の解決を勧告するなど、指示処分に匹敵する行政指導をし、一方富国地所も、自発的に又は指導に従い、苦情申出者との紛争をすべて解決し、その他の指摘事項についても徐々に履行に努めていたところ、聴聞の結果をふまえて県知事が直ちに富国地所に対して業務停止もしくは免許取消の行政処分に付することは、かえつて既存の購入者の利益を害するおそれさえあつたし、また、各苦情申出者の土地購入目的は必ずしも明らかでないが、その購入地の東条湖ハイランド、三田ハイランドの所在場所が阪神地区から時間的にも遠距離にあることをみると、住居建築の目的というよりは、主として投資目的であつたと推認することができるところ、県宅建業係や建築部が従来採つてきた取扱事例からすると、宅建業者や購入者との紛争解決を指導するにとどめ、公権力の発動である行政処分はしない場合に該当すると考えたとしても、無理からぬところであり、元来宅建業者に対する業務停止もしくは免許取消の行政処分は、当該宅建業者にとつて、営業が不能となる極めて不利益の大きい処分であることを考慮すれば、昭和四八年一〇月の聴聞の結果、富国地所に対して業務停止もしくは免許取消の行政処分をすることが有効適切な方法であつたと断定することはできない。

(ウ) さらに進んで、原告ら自身が訴外会社からの土地購入に当り、損害発生の危険性を回避しうる手段がなかつたか否かを考えるに、原告らが訴外会社から土地を購入するにいたつた事情は様々であるけれども、原告らは少なくとも購入した土地の所在場所を認識しており、また原告らの大部分の者は現地を見分していることと窺えるのであるが(もし現地を見分しないで土地を購入したのであれば、取引に伴う危険性が増幅するおそれが生ずる。)、原告らにとつて、購入予定地について、直ちに客観的な価格及び将来の上昇を精密に算定することは不可能であつても、住居地としての適性や投資対象物件としての将来性を概略的にであれ把握することは容易にできたことは明らかである。したがつて、原告らは、本件土地の購入に当り、自ら調査見分を尽して損害を被ることのないよう危険の回避をはかることは必ずしも困難でなく、容易であつたとみるのが相当であつて、県知事の宅建業者に対する監督権限の行使がないと、原告らが本件土地の購入に伴なう損害発生の防止ができない関係にあるということはできない。

右の次第であるから、県知事が昭和四八年一〇月に行つた聴聞の後において、直ちに富国地所に対して業務停止もしくは免許取消の行政処分をなすべき義務があると認めることはできない。

(3) 原告らは、県知事において富国地所に対して業務停止もしくは免許取消の行政処分をしないにしても、同社に対し販売業務の一部停止等の徹底した行政指導をなすべき義務があるのに、これを怠つたと主張する。

監督行政庁の行う行政指導なる形態をどのように考えるかはともかく、行政指導の名による法規に規定されていない監督権限の行使は一義的ではなく、監督行政庁の裁量に親しむ行為といわざるをえないのであるから、県知事において原告の主張のとおり行政指導をなすべき義務を断定することには慎重でなければならない。前記認定のように、県知事は苦情申出の事案について富国地所に対して行政指導を通して事案の解決をはかつたことはあるけれども、同社に対し販売業務の一部停止等を行政指導をもつて行いえたかどうかは、行政指導の限度を越えるおそれもあり、裁量に委ねるべき事柄というべきであつて、原告主張の行政指導を行わないことが裁量の逸脱ということもできないから、原告の主張は採用できない。

(三)  免許更新時における義務違反について。

原告らは、聴聞後も苦情が続出したことから、富国地所の免許更新時において、県知事は、「宅建業に関し不正又は不誠実な行為をすることが明らかな者」として、更新申請を拒絶する義務があつたと主張するので、これにつき検討する。

高畑係長が、岩崎らに行政処分をしない旨伝達した後の事実関係をみるに、原告ら主張の各苦情申出があつたこと(請求原因2(三)(3)参照)、富国地所が免許更新を受けていること(請求原因2(二)参照)は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1) 高畑係長が、岩崎に対して、行政処分をしない旨伝達した後、昭和四九年二月二五日、大原紀夫から苦情申出があり、同年四月一六日、松本二三江から宅建業法四七条三号(手付金につき信用を供与することにより契約締結を誘引する行為の禁止)違反を理由に苦情申出があつた。右のように県知事の聴聞後も苦情申出が続き、他の宅建業者と比較しても苦情申出が多いことから、高畑係長は、一旦は再度聴聞にかけるつもりで指導した後、様子を見ていたところ、岩崎は、直ちに右苦情申出者との間で苦情申出者の意向に添つて紛争を解決した。

(2) また、県宅建業係に、三田ハイランド三期についての工事の遅滞について問合わせがときどきあつたが、昭和四九年三月六日に、宅地造成等規制法の許可及び指導要綱の承認が下り、順次工事が進められることになつた。

(3) 右のように、苦情申出があつたものについて早急に紛争を解決しており、造成工事も進行していることから、高畑係長は、聴聞にかけるまでもないと判断して、聴聞の手続をとらなかつた。

そして、県知事は、昭和四九年八月二四日、同社の宅建業免許を更新した。

右認定の事実によると、なるほど富国地所の分譲地売買に関し、前記の聴聞を行つた以後にも購入者から宅建業法違反を内容とする苦情申出があつたことは明らかであるが、富国地所は、高畑係長からの注意、指導もあつて、苦情申出をした購入者との間で、その意向に添うかたちで紛争を解決し、宅地造成について関係官庁の許可の取得等造成工事を円滑に運ぶように努めていたことが認められるので、富国地所が原告ら主張の「宅建業に関し不正又は不誠実な行為をすることが明らかな者」に該当すると即断することはできない。

そこで県知事が富国地所に対して免許更新を拒絶しないで、免許を更新したことをもつて、違法な行政処分をしたものと断定することはできない。

もつとも、県知事は富国地所に対し、右免許更新の時から三年を経た昭和五二年八月一五日にいたり免許取消処分をしたことは明らかであるが、昭和四九年八月二四日になされた免許更新時において、富国地所に原告主張の免許更新をなしえない事由が存在したと認めるに足りる証拠はないので、県知事において免許更新を拒絶すべきということはできない。

(四)  以上のとおり、原告ら主張の各時点において、県知事が富国地所に対して原告ら主張の監督権限の行使義務を負つていてこれを怠つたということはできず、したがつて、県知事の監督権不行使に違法性を認めることはできない。

三よつて、原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂詰幸次郎 裁判官岡原 剛 裁判官栂村明剛)

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